氷河へのお誘い
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① 内陸アジア湖沼群への温暖化影響、② 瀬古勝基さんの想い出


① 内陸アジア湖沼群への温暖化影響-生態的氷河学の観点から-

1 はじめに

  アジアの大河はヒマラヤ・チベット・モンゴルなどの内陸アジアにその源を発する(図1).黄河・長江・メコン川・ガンジス川・インダス川・オビ川・エニセイ川・レナ川・アムール川などがある.内陸アジアにはたくさんの湖沼があり,たとえばチベットはあたかも湖の高原の感があるが,急激な人口増加が見こまれるアジアの大河下流域の大都市周辺にも多くの湖沼があり,それぞれ住民の生活に深くかかわっている.

  氷河と永久凍土はアジアの大河の涵養源である.そのため,現在のような地球温暖化の初期には氷河と永久凍土層が融けることによって,内陸アジアの湖水量および河川水量は増加する.しかし,21世紀なかば以降の温暖化がさらに進行すると予測される後期は,氷河と永久凍土層の縮小によって水資源の欠乏時期となり,モンスーン地域の乾季の水資源量は少なくなり,アジア全域に深刻な水資源・環境問題をひきおこすと解釈できる.


  さらに,温暖化による海水準の上昇は,海岸低地部の湖水および地下水層中にソールト・ウェッジ現象のような塩水化が著しくなることを示唆し,人口増加が世界的にも著しいアジア各大河の河口部大都市の環境問題ともからみ,さらなる緊急課題を投げかけていることを忘れてはならない.そこで, 21世紀の水資源問題について大きな影響をあたえる内陸アジア湖沼群への地球温暖化影響を,アジアの大河の涵養源である氷河と永久凍土層の調査結果を中心に報告する.


  ここで副題として「生態的氷河学の観点から」と銘うったのは,個-個体群-群集-生態系という個から全体システムをとらえる生態学的な基本構造からのアナロジーとして,生態氷河学の場合,(個々の)氷河-(各地域の)氷河個体群-(各地域の)寒冷圏自然現象群集-(地球全体の)自然現象系を時間的・空間的に評価できると考えるからである(伏見他,1997).その視点にたてば,従来の氷河学(比較氷河研究会編,1973)には生態学的な意味での群集(各地域の寒冷圏自然現象群集)の概念がなかったことになる.生態氷河学の立場からは,自然全体がホーリスティックなシステムだから,氷河だけを切り放すことはできない.地球史および各地域の自然史のなかで,極地とも呼ばれる寒冷地域に分布する氷河・永久凍土と生態環境は相互依存(共生的)関係を形成してきたが,今やそのバランスが崩れ,そのことが上述のように,アジアの水資源的危機をひきおこす要因になることをみていきたい.


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図1 内陸アジアと東アジアの河川系
  また,地球温暖化は氷河融解と海水膨張によって海水準の上昇をひきおこすので,海岸低地部の湖水および地下水層中にソールト・ウェッジ現象のような塩水化が著しくなることを示唆する.人口増加が世界的にも著しいアジア各大河の河口部大都市の環境問題に,さらなる緊急課題を投げかけることも忘れてはならない.本稿では, 21世紀の水資源問題について大きな影響をあたえる内陸アジア湖沼群への地球温暖化影響を,東アジアの大河の涵養源である氷河と永久凍土層の調査結果を中心に報告する.

  ここで副題として「生態的氷河学の観点から」と銘うったのは,個-個体群-群集-生態系という個から全体システムをとらえる生態学のアナロジーとして,生態氷河学の場合は,(個々の)氷河-(各地域の)氷河個体群-(各地域の)寒冷圏自然現象群集-(地球全体の)自然現象系を時間的・空間的に評価できると考えるからである(伏見他,1997).その視点にたてば,従来の氷河学(比較氷河研究会編,1973)には,生態学的な意味での群集(各地域の寒冷圏自然現象群集)の概念がなかったことになる.生態氷河学の立場からは,自然全体がホーリスティックなシステムだから,氷河だけを切り放すことはできない.地球史および各地域の自然史のなかで,極地とも呼ばれる寒冷地域に分布する氷河・永久凍土と生態環境は相互依存(共生的)関係を形成してきたが,今やそのバランスが崩れ,上述のように,東アジアの水資源環境の重要課題をひきおこす要因になることをみていきたい.


2 モンゴルのフブスグル湖

  モンゴル北西部,ロシアのバイカル湖に近いところ(北緯51度・東経101度)にフブスグル湖(写真1)がある(図1).面積は琵琶湖の約4倍,深さが2倍程度はあるので,水量は約8倍にも達する.カラマツの森と牧草地に囲まれたフブスグル湖の水位は1980年代初めには30cm低下したこともあるが,最近の40年間では全体として80cmほども上昇している.このため,周辺の森林や放牧地,湖岸の町が年々水没し(写真2),問題になっている.

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写真1 モンゴルのフブスグル湖
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写真2 水位上昇による水没林
(1) 永久凍土と森林の共生関係
  モンゴルは北半球の不連続凍土地帯に位置する(Black, 1954).この60年間のモンゴルでの気象観測の結果から,降水量は減少しているのに,気温は1.56℃上昇していると報告されている(Batima and Dagvadorje, 2000).従って,フブスグル湖の水位上昇の原因としては地球温暖化が考えられていた.また同様に,モンゴル西部での湖水位上昇は地球温暖化による氷河と永久凍土の融解が原因である(Batnasan, 2001)とされている.そこで,地球温暖化による永久凍土層への影響の実態を明らかにするために,2000年と2001年夏季にフブスグル湖周辺から西部のツァガノール地域で地温構造の調査を行った.なぜ地温構造に注目したかというと,寒候期には地表面から凍り,春になると表面から解けはじめ,夏の暖候期には解けた地表部分(活動層)が厚くなるので,活動層の下に凍土があれば地温は深さとともに0℃に向かって低下していくことを地温構造から判断できるからである.

(2) 地温構造
  フブスグル湖周辺地域の植生は主としてカラマツ(Larix Sibirica)の純林(吉良,1999)である.現地調査で驚かされたのは,シベリア地域と同様に,人為的な森林火災の影響が拡大していることであった.そのほとんどが,シカの角やジャコウジカの麝香嚢を採るための密猟やブルーベリーやコケモモなどの木の実の採集にも関係した山火事である.そのため,フブスグル湖周辺地域の基本的な土地利用形態の特徴は1)カラマツ林,2)森林火災と3)牧草地の3種類になっている.このような土地利用形態ごとに,日射による太陽エネルギーの地面到達量が異なるので,地温構造に変化が見られるものと考え,それぞれの地域で地温測定を行った.現地観測は,2000.8.12~18と2001.8.13~30の高温期で,活動層厚が最大になる時期であるため,一点の観測結果からその地域の地温構造の特徴を推定することができた.

  図2は土地利用形態別の典型的な地温構造で,カラマツ林が保存された地域では,地下80cmで地温が0℃となり,測定時が活動層の最厚時期であるので,それ以深に永久凍土が存在することを示す.一方,森林火災と牧草地域の地下80cm地温はそれぞれ6.1℃と10.9℃で,地温減率から活動層厚はそれぞれ2mと4mにも拡大していると見積もられるので,山火事や牧草地化させたような土地利用形態によって太陽の日射の地面到達量が大きくなり,地温構造を変化させていることを示す.
従って,人為的な影響の大きい伝統的な牧草地や近年の森林火災地域では地温が上昇し,永久凍土を解かしているので,融解水がフブスグル湖の水位上昇をひきおこす要因になっている.森林は日射をさえぎるため地温の上昇を抑え,永久凍土を保護する要因になるとともに,その場合は活動層が薄いので,森林は根から水分と栄養を容易に吸収することができる.つまり,森林と永久凍土とは相互依存(共生的)関係にあると解釈できる.

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図2 モンゴルにおける森林,森林火災,牧草地の土地利用形態別の地温構造
  さらに,唯一の流出河川があるフブスグル湖南端部分には,西方から流出河川に注ぐ支流の流域からの礫や土砂流入で自然ダムが形成されている.豪雨時には大量の土砂が流出河川に輸送され,フブスグル湖の南端部で濁流が逆流するほどにもなるとのことである.多量の土砂の流入は自然ダムの規模を大きくするので,フブスグル湖の水位がさらに上昇する要因になっている.フブスグル湖の水位は最近の40年間に全体として80cmほども上昇しているが,「1980年代初めには30cm低下したこともある」と2-1-2章で述べたが,これは地元の人たちが自然ダムを浚渫して水位を低下させたことによる.


(3) 対策
  環境課題解決の基本は原因解明である.フブスグル湖の水位上昇原因いついては,1)豪雨時の土砂流入によって湖と流出河川の境界部分に自然ダムが形成されていること,2)人為的な牧草地や山火事の拡大で森林破壊がすすみ,日射が地面に到達するようになり,地温上昇をひきおこしたため,永久凍土を融解していること,そして3)地球温暖化によって氷河・永久凍土層が融解していること,の3要因があると解釈できる.

  そこで,それぞれの要因に対する対策が考えられる.まず短期的には,1)地元住民が1980年代初めに行ったように自然ダム部分から500m3程度の浚渫をすることによって,水位を30cm低下させることができる.また中期的には,2)無計画な山火事や牧草地化の拡大を防ぎ,森林破壊をくい止めるための適正な土地利用政策を住民ともども実施することである.以上の1)と2)は地元の緊急課題である.そして長期的には,3)国際的な協調のもとに京都議定書を遵守し,地球温暖化を防止することが懸案事項になってくる.

3 ヒマラヤとチベット高原の湖沼
  ヒマラヤとチベット高原では地球温暖化によって氷河の融解が急速にすすみ,1970年代の氷河が1990年代になると大規模に縮小し,雪渓になってしまった例もある(伏見他,1997).そのため,大量の融氷水が流入するため,氷河地域の湖沼は拡大するが,チベット高原中央部のように氷河がなくなってしまった地域では,逆に湖沼の縮小化・塩湖化がすすんでいる(Fushimi et al,1988).ネパールやブータンなどのヒマラヤでは(図1),氷河からの融氷水によって氷河湖の拡大・決壊による洪水被害や泥流・地滑り災害などが発生している.このような最近の氷河と湖沼の変動現象によってひきおこされる災害軽減のためにも,またアジア大河の合理的な水資源利用のためにも,新しい管理手法を早急に構築する必要がある.

  温暖化が進行するヒマラヤとチベット高原では氷河と永久凍土層が減少しているので,将来は氷河によって涵養される水資源不足に見まわれ,アジア大河流域の乾季の渇水化現象を促進する.その影響はいわゆる“断流”現象の著しい黄河流域にはすでに現れているのである.
チベット高原では,氷河融水が連続的に供給される現在の氷河地域に淡水湖沼が形成されているが,氷河地域から遠くはなれたチベット高原の内陸部では塩湖の形成が進行する.塩湖化がはじまると,寒候期にも結氷しにくくなるので,冬期蒸発が加わり,蒸発量増大によってさらに濃縮過程が加速する.青海湖は農業開発のための人工的な水利用のためもあり,このような塩湖化のプロセスがすすんでいると考えられる.従って,温暖化がさらにすすむと考えられる21世紀には,アジア地域の河川流量は乾季においては減少すること,および青海湖のように内陸部の湖沼の塩湖化がすすむので,水資源の有効利用にあたっては特に注意が必要である.はたして,内陸アジアの湖沼がアラル海化することを望む者はいるであろうか.

(1) GLOF現象
  1977年9月,私たちが東ネパールのクンブ地域で調査を行っている時,アマダブラム山(6812m)南の谷で氷河湖の決壊による,洪水が発生した(Fushimi et al,1985).その後,1985年にはナムチェ・バザール西方のラグモチェ氷河湖から,また1998年にはルクラ東方のサボイ氷河湖が崩れ,洪水をひきおこした.このように,東ネパールのクンブ地域周辺だけでも,10年に1回程度の災害が発生している.このため,UNEPではネパールとブータンの氷河湖の決壊による洪水(GLOF;Glacial Lake Outburst Flood )災害の実態を報告している(Mool et al,2001).地球温暖化の初期においては氷河と永久凍土の融解によって湖水量が増大するため,ヒマラヤをはじめ世界各地でGLOF災害が発生し,その原因と対策が緊急課題になっている.

  GLOFの原因と対策について,とくに地温構造から,最近のブータンでの観測結果を中心に報告するが,その際,生態的氷河学の観点(伏見他,1997)が重要になると考える.というのは,2-1-2章で述べたモンゴルの永久凍土地帯の地温構造観測などの結果から,1)植生タイプごとに地温構造特性がある,2)永久凍土と森林植生などは相互依存(共生的)関係を示す,3)人間活動などによる山火事で地温が上昇し,永久凍土を溶かし,湖の拡大を引き起こす,そして4)永久凍土の融解は土壌の固結力(セメンティング効果)を弱めることが分かり,永久凍土も氷河と同様に,植生・湖・人間活動と密接な関係があるので,生態的氷河学の観点が重要になると考えたからである.また,地温構造変動は岩石風化を引きおこし,供給されるデブリの寡多がGLOFタイプの氷河湖を形成する要因になるとともに,岩石が直接氷河湖に落下した際に生ずる波浪(一種の津波)は氷河湖を決壊させ,GLOFの引きがねになる.さらに,永久凍土の融解は,湖をせき止めているモレーンの固結力を弱め,GLOF発生に結びつくというのが,GLOF発生についての生態的氷河学からの仮説である.我々のような環境科学にたずさわるものは,現象の実態・原因究明だけではなく,その対策も忘れてはならないであろう.


(2) ブータン北部ルナナ氷河群の氷河湖洪水
  ブータン北部のチベットと接する国境地域(北緯28度,東経90度)周辺にルナナ氷河群とそれらの氷河湖が分布し,近年氷河湖の決壊による洪水災害が発生するようになった.そのためブータン地質調査所をはじめ関係機関が調査を始めている.私が2002年9月24日~10月5日に踏査することができたのはルナナ氷河群のかでルゲ氷河・ドゥルクチェン氷河・トルトミ氷河・レプストレング氷河・ベチュング氷河およびテンペテ氷河の6氷河と氷河湖である(写真3~8).いずれも岩石の多い氷河の性質をもつが,とくにドゥルクチェン氷河・ベチュング氷河・テンペテ氷河ではその特性が顕著で,末端部の大規模氷河湖は発達していない.一方,岩石量の少ないルゲ氷河ではGLOFタイプの大規模氷河湖が末端部に形成されている.また,両者の中間的なトルトミ氷河では現在氷河湖が形成・拡大中と考えられる.

  氷河氷にふくまれる岩石量の割合は涵養域の岩壁面積の割合に依存し,氷河表面の岩石量の寡多は融解現象を通じて,氷河湖形成に影響すると解釈できる.また,融解を促進させる層厚の薄い岩石量をもつルゲ氷河では,上流左岸の旧湖沼堆積物から流出した細粒粘土が分布し,このことがルゲ氷河の懸濁態粘土(グレーシャー・ミルク)的性質の強い特徴を形成する要因になっている.また,ルゲ氷河の氷河中流部の氷河堆積物内側から風によって輸送される粘土鉱物も,上記旧湖沼堆積物の細粒粘土と同様に,氷河末端部を覆うので,そのことが氷河氷の融解を促進し,GLOFタイプの氷河湖を拡大させた可能性が高い.


(3) 地表面温度
  日射によって暖められた山腹斜面では上昇風の作用で積雲が形成される.地表面を黒くする高山帯に多い地衣類は表面温度を効果的に上昇させるので,気象への影響が大きいことが考えられる.そこで,調査地域の花崗岩の白色と地衣類の黒色を指標するビニール・テープを用いて,南向き斜面の地表面温度の推定実験を9月26日~10月3日(前半は雨期,後半は乾期)にBC(4539m)で行った.その結果,最高地温は黒色だと日中30℃を超えるのに,白色だと20度程度であったが,最低地温は0℃付近で両者に大きな違いはない(図3).黒い地衣類は斜面を暖める要因になるとともに,BC以上の高所では岩石崩壊を引きおこす融解再凍結作用を強化する.従って,風化作用によって引きおこされる岩石崩壊の程度が氷河上への岩石供給量を左右し,いわゆるGLOFタイプの氷河湖を形成する要因になるとともに,岩石崩壊はGLOF発生の直接的な引きがねになる場合があると考えた.
 
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図3 BC(4539m)での黒色・白色ビニール・テープ表面の温度実験結果
(4) 地中温度
  地中温度の測定結果から,テンペテ氷河上部の標高5239m地点の右岸モレーンでは深さ165cm以下に,また標高5015m地点では深さ4m程度に永久凍土が存在すると予測されるが,標高4675m地点や4561m地点のような5000m以下ではテンペテ氷河やルゲ氷河でも永久凍土が認められなかった(図4).温暖化による永久凍土の融解は,モレーン強度の脆弱化を引き起こすので,1994年に発生したルゲ氷河GLOFの要因の1つになる.ところが,現在氷河湖が形成されつつあるトルトミ氷河(4570m地点)では,5000m以下であっても地下3.5~4.5mに永久凍土が存在する可能性がある(図4)のは,残存する多量の氷河氷の影響で氷河湖の水温が低いため,温暖化影響による永久凍土の融解プロセスが,ルゲ氷河のようにはモレーン堆積物深部にまですすんでいないためと考えた.しかし,いったんルゲ氷河のような大規模な氷河湖が形成されれば,氷河氷の冷源としての影響が減少するので,ルゲ氷河のモレーンの地温構造が示すように永久凍土が消えると,モレーン強度の脆弱化がすすみ,GLOF発生の可能性が大きくなると解釈できる.従って,地温構造のモニタリングが重要になる.なぜならば,地温構造がルゲ氷河のようになることは,GLOF発生の危険性が高まると解釈できるからである.また,トルトミ氷河左岸ではモレーン外側部分の侵食もすすんでいるので,地中温度の増大による永久凍土の消失とともに,モレーン強度の脆弱化は加速度的にすすみ,たとえ引きがねがないとしても,GLOFが発生すると解釈できる.

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図4 ルナナ地域代表地点(テンペテ氷河右岸モレーン上部①,中部②,下部③,ルゲ氷河流出口近くの左岸モレーン④とトルトミ氷河右岸モレーン⑤)の地温構造
(5) 発生と引きがね
  ネパールで発生したミンボー・ラグモチェ両氷河のGLOFでは,涵養域の岸壁が氷河湖に近いので,岩石・氷雪の崩落が直接的な引きがねの要因になるが,氷河涵養域が末端部から離れているルゲ氷河の場合は岩石・氷雪の崩落がたとえないとしても,モレーン自体の脆弱化にくわえて氷河湖の拡大・水位上昇が著しいので,地震などの外的要因も考慮する必要がある.1994年10月7日に発生したルゲ氷河のGLOFの要因として,その年にはブータンに近い中国の青海省(1月3日)と新彊省(6月10日)でマグニチュード5.8の地震が発生している(USGS, 2003)ので,今後の地震情報にも留意する必要がある.

(6) 対策
  上記のようにブータンのルナナ地域では温暖化によってGLOF発生の可能性が高い.その本質的対策は温暖化対策だが,対処療法的といえども,下流地域の歴史的建造物であるプナカゾン(寺院政庁)やその地域の住民保護のためにGLOFへの緊急対策が必要になる.そこで,物資輸送の便利さから,プナカの上流にダムまたは遊水池を建設したら良いと考える.ルナナ地域に起源をもつ河川は,ルゲ氷河のように土砂量が格段に多いから,ダムの場合は排砂式ダムが良い.このダムによって,GLOFによる洪水水量を一時的に蓄えるとともに,雪崩対策のような人工的GLOF発生による被害軽減も期待できる.

4 まとめ
  日本では,2030年代に平均気温が1.5 ℃から3.5℃(最近の見積もりではこの2倍程度)上昇すると報告されており,この変化傾向は琵琶湖の積雪量に大きく影響する.もし平均気温が1.5 ℃増大した場合は,降水量が20%増大しない限り,降雪量は平均値である10億トンに達しないであろう.平均気温が3.5℃も上昇すると,降水量が20%増大したとしても,降雪水量は著しく減少し,6億トン程度になってしまう(Fushimi,1993).
  降雪水量が10億トンより多いと,琵琶湖北湖深層水の年間最低溶存酸素濃度は酸素を豊富にふくむ雪解け水の密度流によって増大する.しかしながら,降雪水量が10億トンより少なくなると,溶存酸素濃度は急激に減少する.地球温暖化は琵琶湖流域の降雪水量を著しく減少させるため,琵琶湖北湖深層水の溶存酸素濃度が減少するので,琵琶湖の富栄養化をさらに促進すると解釈できる.
  地球温暖化の進行と人為的な土地利用の改変によって,アジア内陸部の永久凍土層や氷河が融解するため,水位上昇によって町・森林・牧草地域が水没し,ヒマラヤのように増大した湖沼がしばしば決壊し,氷河湖洪水をおこしている.もしこの傾向がすすむと,21世紀には人口増加が予測されているアジアの大河流域の水資源が不足するであろう.そのために,国際的・地域的な対策によって地球温暖化をくい止めること,地球史の寒冷期に形成された貴重な氷としての水資源(永久凍土や氷河)を保全すること,が急務である.急激な人口増加が予測される21世紀後半のアジアの大河流域にとっては,水資源である永久凍土や氷河が現状のまま浪費されているかぎり,水資源問題はきわめて深刻な環境課題になることを認識する必要がある.


参考文献
Batima P. and Dagvadorje D. (2000) Climate change and its impact in Mongolia. National Agency for Meteorology, Hydrology and Environment Monitoring and JEMR Publishing, pp. 227.
Batnasan N. (2001) Water level increases in Lakes Uvs and Uureg, Mongolia. Proceedings of International Symposium on Mountain and Arid Land Permafrost, Ulaanbaatar, Mongolia, 4-5.
Black, R. F. (1954) Permafrost – A review – Geological Society of America Bulletin, 65, 839-856.
Fushimi H., Ikegami K., Higuchi K. and Shankar K. (1985 )Nepal case study: catastrophic floods. IAHS, 149, 125-130.
Fushimi, H., Kamiyama, K., Aoki, Y., Zheng, B., Jiao, K. and Li, S.(1988) Preliminaru study on water quality of lakes and rivers on the Xizang (Tibet) plateau. Bulletin of Glacier Research, 7, 127-137.
Fushimi, H. (1993) Influence of climatic warming on the amount of snow cover and water quality of Lake Biwa, Japan. Annals of Glaciology, 18, 257-260.
伏見碩二・瀬古勝基・矢吹裕伯(1997)ヒマラヤ寒冷圏自然現象群集の将来像-生態的氷河学と自然史学の視点から-.地学雑誌,106,2,280-285.
比較氷河研究会編(1973)ヒマラヤ山脈,特にネパールヒマラヤの氷河研究における諸問題.氷河情報センター,100p.
吉良竜夫(1999)北モンゴルのカラマツ帝国.京都園芸,93,9-16.
Mool P. K., Bajracharya S. R. and Joshi S. P. (2001) Inventory of glaciers, glacial lakes and glacial lake outburst floods, Nepal. ICIMOD, pp.363.
USGS (2003) Significant Earthquakes of the World. 




② 瀬古勝基さんの想い出


瀬古さんのKCH日誌

    瀬古さんは1996年秋の雪氷学会北見大会の頃に失踪することになったが、その1年前の1995年10月の前述のギャジョ氷 河の共同調査と半年前の1996年3月にカトマンズで開かれた「Ecohydrology of High Mountain Areas」国際会議(ICIMOD主催)にともに参加し、彼とネパールで過ごした日々が忘れられない。今でも、カトマンズ中心部の繁華街、アソン・バ ザールなどを歩いていると、瀬古さんがふっと現れてくるのでは、と思う時がある。
  その瀬古さんは、1996年3月29日のカトマンズ・クラ ブ・ハ ウス(KCH)日誌で上に示すような図を書いている。図の縦軸はActive(Pathos,感性)-Passive(Logos)、横軸が Apparent(Constructive,活動)-Suggestive(Reflective,思考)である。そこに、「酔っぱらいながら覚えてい ることばを考える。“人は信念とともに若く、疑惑とともに老いる。”」と記している。またその2日後の3月31日の日誌には、「Ecohydrology of High Mountain Areas」国際会議のアナウンス資料がはりつけてあり、「久々のKCH滞在、滞在期間を伸ばしたため、1人、当地に留る。久々にネパールのペースに慣れ る」、と「久々」の表現を2度繰り返して書き、4月4日のには、「飛行機の切符が取れ、本日帰国致します。今回も大変勉強になりました。すこし冷えた頭で “人は信念と共に老いる”のか・・・名大 水研 瀬古」、と記名している。しかしながら、瀬古さんが描いた図には、「多様な学問&コミュニケーション」と説明しているだけで、瀬古さんが占めるべき位置は 図中に示されていないのだが、この半年後に失踪する彼の心の内面が図の縦軸と横軸のとり方や、彼の表現である“人は信念とともに若く、疑惑とともに老い る”から“人は信念と共に老いる”へ変化した表現に現れているのではなかろうか。

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瀬古さんが描いた図
     なお、瀬古さんの図の下に、(伏見氏より照会していただいたKolbの図をもとに)と書いているのは、「David A. Kolb(1981) Laerning Style. "Modern American College", Chickering & Assoc.」(上の図)について、ぼくが彼に話したことをもとにしているのでろう。  ところで、その国際会議のことは3月30日の日誌で、ぼくは次の ように書いた。「瀬古兄とともにEcohydrology会議に参加し、伏見のみ1日早く、本日帰国する。今回の会議については、色々と学ぶことが多かっ た。とくに、ドイツとイギリスの活躍が目立った反面、日本のヒマラヤ研究者の参加が少なかったのは残念の一語につきる。Scientific Strategyの面からも反省すべきことと思われる。また、キラン・シャンカール・ヨガチャリヤさんを中心とするネパール側の熱意(将来のヒマラヤ研究 に対する)を十分にくみ取る事ができたのも収穫であった。それに対して、どのように答えるべきか。宿題が残されている、と思う。」
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David A. Kolb(1981) Laerning Style. "Modern American College", Chickering & Assoc.
 ヒマラヤの氷河変動とその影響 
    1995年秋に、瀬古勝基さんと東ネパール・クンブ地域のギャジョ氷河を調査し、1970年代には前進と後退を繰り返す動的平衡状態だったギャジョ氷河が 上流と下流で分割するとともに、上流部が2つの氷体に分かれ、氷河流動のない全域消耗域の雪渓になっているので驚いたものである。さらに、2009年に再 調査すると、下流部の氷体はほとんど消滅し、氷河湖が下流部を覆い、また分割した上流部の氷体は更に縮小していたのである。1970年代のギャジョ氷河は 典型的な教科書的氷河であったが、1990年代以降、雪渓化してしまった。このような氷河と雪渓との遷移関 係は「生態氷河学」の視点とも言えるが、かつて今西錦司さんがいみじくも述べた「氷河と雪渓は種を異にする」という指摘と合い通じるものがある、と思う。
    地球温暖化によて、ギャジョ氷河のような6000m以下の氷河は今世紀中頃には消滅する、と解釈できるが、すでにその兆候はヒマラヤの人々に現れている。 ネパール・ヒマラヤ中央北部のムスタン上流域の人々は氷河縮小で水資源がなくなり、下流域の水資源の豊富な地域に移動せざるを得なくなっている。 「Nepal's first climate refugee village in Mustang」(Myrepublica; 2010/06/01)である。このような環境難民はヒマラヤ地域に今後広がっていき、今世紀中頃には、ヒマラヤを起源とする南アジアの大河下流部にもお よぶことを危惧している。なぜならば、温暖化でヒマラヤの氷河と永久凍土が融解していくと,ヒマラヤを起源とする南アジアの大河川にとって,乾期の水源に なる氷河が減少することを示すので,河口域の大都市では、河川水位が低下するのに加えて、世界各地域の氷河融解で海水量増大とともに、温暖化による海水温 上昇で、海水位が上昇し、水位が下がった大河河口部に海水が流入するとともに、地下水層にも塩水が貫入する ので、河川水・地下水の水資源利用が困難となることが予想される。さらにそれらの地域では人口増加が著しいので、数億を超える人たちの水資源が逼迫し、環 境難民化するという今世紀中頃以降の重大な環境課題になることにも留意する必要がある.そのような環境課題を解決するためにも、とにかく地球温暖化阻止は 急務であり、これまで以上にヒマラヤの氷河の動向に注視していかなけれなならない、と思う。
   余談だが、1995年のギャジョ氷河調査では、瀬古さんが氷河末端の観測基点で測量し、ぼくが猿廻しの猿よろしく氷河上を歩き回り、氷河の変化を測量した のであるが、最後に氷河末端の氷河湖の淵で、ぼくが薄氷を踏み外し氷河湖に飛び込み、全身ずぶ濡れになってしまったのも彼との思い出になっている。

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ヒマラヤ調査の友人たちのその後 
    ぼくたちがヒマラヤ調査を行っていた1960年台以降の20世紀後半は日本も、またネパールも激動の時代で会ったと思う。長年お世話になっていたクソン・ ノルブ・シェルパ(タワー )さんは1965年の中央ヒマラヤ地質・氷河調査隊に参加した後、日本に来て、札幌でぼくたちと過ごすことになるが、その間、タワーさんの言行録と称する 次のよう なメモを書き留めた。彼は、「子どもの時から行きたいところたくさんあった。4才でタンボチェの寺に入り、15才の時チベットへ行った。仏教の言葉、言葉 ものす ごく上手になった。タンボチェのお寺に帰ってみると、外国人がたくさん来たから、外国に行きたくなった。お寺の偉い人と喧嘩になったので、200ルピーお 金だしてお寺やめた。カルカッタへ行って商売し、カトマンズで金もうけた。日本へ来てよかったのは、車の免許とったこと、歯の病気なおしたこと、スキーも した。どこへ行っても、いちばんいい国はないよ。あなた日本が一番いいと思う?どこへ行っても、悪いとこあるでしょ。中国きらいだね・チベット人の国とっ た。中国は夜きた。」と話してくれた。彼はタクシーや旅行会社を経営し、順調な生活を送っていたのであるが、ネパール人としては珍しいほどの自由人として の人生を送ったのであろう。ところが、彼の家庭生 活の最後は悲劇的で、自殺した長男と奥さんからも見放され、アルコールに溺れ、最後はボーダナートでホームレス同然の生活になり、息 を引き取るのである。だが、彼の奥さん も、最後はアルコール中毒で命を落としたが、幸いなのは、次男のフジ・ザンブーさんと長女のカルシャン・デキさんがアメリカでそれぞれタクシー運転手と看 護婦として満ち足りた生計を営んでいることである。
    1970年代以降の激動するネパール社会にあって、それぞれの家庭も個人もその変化に翻弄されていった のは タワーさんだけではない。ネパール・ヒマラヤ氷河調査隊のはじめにハージュン観測基地の建設に携わったペンパ・ツェリンさんも、1970年代後半に失踪す るのである。彼は英語とチベット語に長けていたので、一説によると、アメリカのCIAもからんだともいわれるチベット独立運動の動向を追っていたネパール 政府の諜報機関に彼は雇われていたと言われ、最終的には消されてしまったのではないか、と噂されている。ペンパ・ツェリンさんの妻ニマ・ヤンジンさんが亡 くなったのは、2011年春であった。カトマンズのバグマティ川岸の火葬場で、がっちりとした体躯の長男のウルケン・モランさんとほっそりした長女のツェ リン・ドマさんに会い、ペンパ・ツェリンさんの面影を偲ぶことができたのである。
    また、ペンパ・ツェリンさんの後を継ぎ、樋口先生を中心とする1970年代の氷河調査隊の活 動に尽力してくれたハクパ・ギャルブさんの弟、パルデンさんはバングラデッシュで勉強した技術者だったので、ハクパさんの建設会社の責任者としては必要不 可欠の人だったにもかかわらず、自殺をしてしまったのである。ぼく自身もまた、1070年前後の大学環境の変化の中で環境難民的な体験を したのであるが、彼らネパールの友人たちもネパール社会の大きな変化に翻弄されてきたのである。


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